村田・高木文庫について
大学院情報理工学研究科情報理工学域 共通教育部 教授 佐藤賢一
村田・高木文庫は、早稲田大学理工学部教授を務められた高木純一氏(1908 - 1993)の収集による、江戸時代の和算書を中心とした、123タイトルを有する文庫である。
このコレクションの旧蔵者である高木氏は、1930年代から専門とする電気工学の研究と教育に携わられ、早稲田大学では第一理工学部長等の役職を歴任されるかたわら、科学技術史方面にも関心を寄せられていた。高木氏には数多い専門分野の論著、啓蒙書がある他に、『電気の歴史 計測を中心として』(1967年)という技術史の著作も残されている。この『電気の歴史 計測を中心として』については斯界での評価が今なお高く、高橋雄造(科学史家)は本書を評して「電気工学を学ぶ者にとって[高木氏の著書]は興味深いであろう。高木は、日本で最初の電気技術史家と言うべき人物である」と述べている。(高橋『電気の歴史 人と技術のものがたり』、2011年) また、技術史の古典的著作であるチャールズ・シンガー他編『技術の歴史』の翻訳にも携わっていらっしゃる。このように高木氏の関心は科学技術史全般に及んでいたのであるが、ご自身でも古い時代の書籍、古典籍を熱意を持って集められていた。特に、江戸時代の数学である和算の書籍を集中的に集めていらっしゃり、これが高木文庫を構成する書籍となっている。このように和算書を集められていたその知見は、早稲田大学図書館に所蔵されている和算書のコレクション「小倉文庫」の整理の際に活かされている。早稲田大学図書館が刊行した小倉文庫の目録の序文には、「本目録の編纂にあたり、和算書の分類方針およびその整理の実際については、本学第一理工学部長高木純一博士に御助力を仰いだところが甚だ多い」と高木氏への謝辞が添えられており、小倉文庫の整理の実務にあたられていたことが伺えるのである。
本文庫が電気通信大学に寄贈を受けた経緯であるが、高木氏のご家族である村田好正東京大学名誉教授が本学に在職(1996年より2001年)期間中に本学図書館への一括寄贈を決定され、その収蔵を賜ることとなった。このたび、高木文庫の全点を撮影してそのデジタル・データを一般公開する運びとなり、今日に至ったものである。広く、参照、閲覧を頂けることを願うものである。村田好正先生並びにご家族の皆様には、100点以上にもわたる貴重な和算書をご寄贈いただきましたことに厚く御礼を申し上げます。
村田・高木文庫の蔵書には、近世初期から明治時代の初期までの代表的な和算書が一通り揃えられており、これを参照するだけでも、和算の歴史を通覧できるコレクションである。その中でも、特徴的な書籍を挙げると次のようなものがある。
最も古いタイトルは吉田光由の『塵劫記』である。本書は数ある『塵劫記』の版本の中でも初期の部類に属するものである。巻上のみが残存するが、稀覯書である。
現在の群馬県、上州出身の和算家に由来する和算書が数点確認できるのも貴重である。『算法円理冰釈』『数理神篇』『算法円理鑑』である。これらは、上州の著名な和算家、岩井重遠、中曽根宗邡、原賀度らの旧蔵書であったことが分かる稀覯書である。
『幾何要法』は、中国の明時代にイエズス会の宣教師・艾儒略が中国語で執筆した幾何学書である。江戸時代後半の日本にも輸入されることとなったが、本書には秋田藩校・明徳堂の蔵書印が押されていることから、秋田藩の所有であったことが判明する。ヨーロッパの幾何学の書物が江戸時代の間に日本国内で普及、流通していたことを示す一点である。
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(解説執筆者紹介)佐藤賢一
大学院情報理工学研究科情報理工学域 共通教育部 教授
専門は科学史・和算史。江戸時代の日本における科学、あるいは技術を歴史的側面から研究している。
四日市大学関孝和数学研究所客員研究員。
編著書に『関孝和全集』(共編, 岩波書店, 2023)、『関流和算書大成関算四伝書』(共編, 勉誠出版, 2008)、『近世日本数学史―関孝和の実像を求めて』(東京大学出版会, 2005)などがある。
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